90年
昨日は、夜明け前に雨が降ったようで、朝、アスファルトが濡れていました。一日雨かと思っていたのですが、日が射し込むようになって、雨は降らないようでした。
今は全面改装中で閉鎖されていますが、垂水のアウトレットパークのマリンピア神戸から舞子公園までの海岸は、埋め立てられて、人工砂浜を入れて「アジュール舞子」という海浜緑地になっています。舞子公園は県立公園ですが、アジュール舞子は神戸市のです。そのアジュール舞子の砂浜から、大阪湾上空の雲、早朝に雨を降らせた雲の端っ子かもしれません。
メリケンパークの「BE KOBE」は、記念写真のために行列ができる程の人気スポットですが、さすがに寒い朝、誰もいません。
明石海峡大橋の本州側近くにある丘の上に「舞子ヴィラ」があります。明石海峡の本州側で、もっとも海峡に突き出したようになった箇所で、昔は海岸線がこの丘のところにあって、岬のようになっていたそうで「烏崎(からすざき)」と呼ばれていたそうです。中世には、明石海峡の要塞のような位置となって、ここに「烏崎城(からすざきじょう)」というお城があったそうです。室町時代の嘉吉の乱では、赤松氏が幕府方討伐軍と戦を繰り広げて、この辺り一帯は戦場になったようです。さらに遡れば、平清盛が福原宮に居た時に、舞子には清盛の別荘があり、たいそう、この地がお気に入りだったようです。
有栖川宮熾仁親王が明治21年に、この烏崎に避暑で来訪し、海峡越しに淡路を望む景勝を気に入って、ここに有栖川宮の別邸を建設。有栖川宮熾仁親王は、仁孝天皇の皇女・和宮と婚約をしていましたが、、公武合体の政略家結婚で、和宮は降嫁して第14代徳川将軍家茂と結婚したという悲恋の主人公であり、また官軍の軍歌であるトコトンヤレ節(宮さん宮さん 御馬の前󠄁にヒラヒラするのは何じやいな・・・)の歌詞にある「宮さん」とは、熾仁親王のことです。南麻布にある有栖川宮記念公園に熾仁親王の銅像があります。
舞子ヴィラには、有栖川宮別邸だった名残として、「有栖川」という名前のレストランがあります。
有栖川宮熾仁親王が気に入ったと言われる海峡越しに淡路を望む景勝です。
チャペルが開いていたので、ちょっと中に入って・・・
テラスレストランの「サントロペ」です。ランチタイムにはバイキング営業をしています。
昨日の1月15日は、母の誕生日、90歳になりました。ささやかな食事会をしました。