みだれ髪 白百合
図書館で借りている俵万智の4冊の本のうちの一冊が、鳳晶子(その後の与謝野晶子)の処女歌集「みだれ髪」の現代語訳です。「みだれ髪」は1901年(明治34年)の刊行で、明治文学が、現代の若い世代には、近世以前の古文のように敷居が高いようです。
調べると、現代語訳が出ている明治文学として、井上靖が、森鴎外の「舞姫」と「雁」の現代語訳をしていました。それに美文の泉鏡花の「龍潭譚」や「高野聖」、「天守物語」などの短編、樋口一葉の「たけくらべ」などが見つかり、明治文学に翻訳が必要になってきているようです。泉鏡花は好きですが、確かに読んでいて意味がわかりにくい箇所があるので、あの美文は、今となっては平成生まれには敷居が高いのかもしれません。
その子二十歳 櫛にながるる 黒髪の おごりの春の うつくしさかな (晶子)
二十歳とは ロングヘアーをなびかせて 怖れを知らぬ 春のヴィーナス (現代語訳)
みだれ髪というタイトルの歌集で、髪を詠む歌が多いですが、与謝野晶子の歌の中で、お気に入りの歌を俵万智が現代のコンテキストの語彙で意訳しています。晶子が「櫛にながるる黒髪」と表現したことを俵万智は「ロングヘアーをなびかせて」と。そして「おごりの春」を「怖れを知らぬ」に、「うつくしさかな」を、春もひっかっけて「春のヴィーナス」と表現しています。
やは肌の あつき血汐にふれも見で さびしからずや 道を説く君 (晶子)
燃える肌を 抱くこともなく 人生を 語り続けて 寂しくないの (現代語訳)
この歌も、みだれ髪の有名な歌として挙げられることが多いです。 俵万智は「さびしからずや」という疑問・反語の係り結びのフレーズを、現代語訳では歌の最後にもってきて「寂しくないの」と、キツめに問い質すようなニュアンスを醸し出しているのが現代的な感じです。
与謝野晶子は、堺の町の旧家の商人(あきびと)の娘で、「明星」という与謝野鉄幹が主宰して明治33年から明治41年まで発刊された月刊文芸誌に短歌を投稿していましたが、小浜藩の藩士の旧家の娘であった山川登美子も「明星」に歌を投稿し、そして大阪道修町の薬問屋の娘であった増田雅子と3人の共著の詩歌集「恋衣」を出しています。晶子が「しら萩の君」、登美子が「しら百合の君」そして雅子が「しら梅の君」という愛称だったそうです。
登美子は、与謝野鉄幹に恋焦がれていたのですが、結局は晶子が鉄幹と結婚することになります。登美子の歌には鉄幹を思った歌がありますが、今回、俵万智の「みだれ髪」の現代誤訳を読んで、晶子が結構、登美子のことを歌に詠んでいることに気付きました。
おもひおもふ 今のこころに 分かち分からず 君やしら萩 われやしろ百合 (晶子)
鉄幹を 思う心に差はなくて 君が晶子か 我が登美子か (現代誤訳)
晶子が「君やしら萩 われやしろ百合」と詠んでいるのを、俵万智はストレートに「君が晶子か 我が登美子か」と名前を出して歌にしています。ただ鉄幹と晶子と登美子の当時の関係性を知らなければ、この歌を現代語訳にしても情景がわからないだろうなあ~と。「恋衣」の発刊が1905年(明治38年)で、「みだれ髪」の発刊が1901年(明治34年)で、その年に晶子は鉄幹と結婚しています。
ひと花は みづから渓に もとめきませ 若狭の雪に 堪へむ紅 (晶子)
みずからの力で 花を咲かせてね 若狭の雪に 耐える紅 (現代語訳)
晶子が登美子を意識した歌、若狭というのは、山川登美子の生まれ故郷の小浜のことです。小浜には、山川登美子の生家が「山川登美子記念館」となっています。2013年11月に訪れたことがありますが、旧家の佇まいをそのまま残しており、奥座敷「登美子の間」は、彼女が息を引き取った部屋で「登美子終焉の間」です。
ただ、この歌には、登美子の名も、また しら百合という言葉もありませんが、「堪へむ紅」という表現があります。別の歌で晶子は、登美子のことを、
しろ百合は それその人の 高きおもひ おもわは艶ふ 紅芙蓉とこそ (晶子)
白百合の 君の心は百合の白なれど 美貌は紅芙蓉なり (現代語訳)
登美子の容姿を紅芙蓉にたとえており、鉄幹を巡って晶子は、かなり登美子を意識し、その思いを歌に込めていたことを、俵万智の現代語訳に触れたことで知りました。
夢にせめて せめてと思ひ その神に小百合の露の 歌ささやきぬ (晶子)
彼の耳にあなたの歌をささやいた 夢で逢ってね、ごめん小百合 (現代語訳)
この歌を、俵万智が「ごめん小百合」と現代語訳で表現していることに絶妙な感じがしました。
山川登美子の歌集が、何故か2冊あります。自宅用と通勤の電車で読む用と2冊愛読していた時期があったような気がしますが謎です。
俵万智の現代語訳を味わうというより、与謝野晶子の「みだれ髪」は、これまでちゃんと読んだことがなかったようで、晶子の歌というよりも、「しら百合の君」である山川登美子を詠んだ歌に興味が集中してしまいました。