おわらない音楽
小澤征爾の訃報から半月ほどが経ちました。テレビ放送で、先週は追悼番組が幾つかあったようで、後で見逃した番組に気付いたこともありましたが、2月13日深夜のBSでのサイトウ・キネン・オーケストラで指揮をしたベートーヴェン交響曲 第7番は良かったです。Web上でも幾つか追悼の記事がありましたが、学生時代の友人から10年前の元旦から連載が始まった日経の「私の履歴書」の切り抜きを送ってもらって、あらためてオザワのことを知りました。
体はふわりと軽かった。 舞台の上ではラヴェルのオペラ『こどもと魔法』が 進んでいる。舞台下のピットには旧知のサイトウ・キネン・オーケストラのメ ンバーがいる。
去年(2013年)の8月。2年ぶりに、僕が総監督を務める長野県松本市の音楽祭 「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」で指揮をした。 色々と大変なこともあったけど、今ここで仲間と音楽をやれている。かつて何度も振ったオペラなのに、何とも言えない喜びがどんどん湧き出てきた。音楽家になってよかった。
(「指揮者として」冒頭、小澤征爾、私の履歴書 2014年1月1日、日本経済新聞 )
日経で1月1日から31日まで連載された小澤征爾の「私の履歴書」は、その後、加筆・修正されてその年の夏に日本経済新聞出版から「おわらない音楽 私の履歴書」として刊行されるのを見つけて、さっそく図書館で借りました。神戸市の図書館では、各区の図書館に合計4冊所蔵されていたのですが、4冊とも貸し出し中で、予約してもすぐに借りることが出来ませんでした。
冒頭の「去年の8月。2年ぶりに、」は、「二〇一三年(平成二十五年)の八月。二年ぶりに、」と新聞記事から書籍化で、年月の表記が修正されていました。また「色々と大変なこともあったけど、今ここで仲間と音楽をやれている。(かつて何度も振ったオペラなのに、)何とも言えない喜びがどんどん湧き出てきた。」の部分で、カッコ内が加筆されていました。
38歳のとき、1973年にボストン交響楽団の音楽監督(第13代)に就任した時の記者会見の写真が載っていました。当初はラヴェルのオーケストラ曲集、ベルリオーズのオーケストラ曲集などをグラモフォンで録音しており、その当時の録音を、その後LPレコードで持っていたように思います。「音楽の友」や「レコード芸術」を目にしていたのは、この10年後ぐらいで、白い服で、まだ髪が真っ黒の印象が、今でも強いです。
指揮で「横に振る」というのを、初めて知りました。指揮棒を縦に振るだけでもアンサンブルは合うそうですが、「横に振る」ことによってニュアンスを出したり、曖昧な部分を表現することが出来るそうです。
音楽関連の本が2冊、左の吉田秀和の「LP300選」は学生時代からの愛読書でボロボロです。NHK-FMで「名曲のたのしみ」をずっと担当していた音楽評論家が選んだ名曲の紹介で、この本の紹介記事を読んで買ったLPレコードも多いです。グレゴリオ聖歌からモノフォニー、ポリフォニー、そしてルネッサンスやバロック期までに、約3分の1の紙面を費やしています。紹介されたLPレコードをざっと探すと、デ・ファリャの「恋の魔術師」が小沢&ボストンでお薦めに入っていましたが、ベームやワルター、カラヤン、フルトヴェングラーなど20世紀中頃までの名指揮者のものが多いです。
浅田彰の「ヘルメスの音楽」、この本の影響で、サティーのピアノ曲の虜になり、さらにグレングールドのピアノ演奏の虜になりました。浅田彰が京大の博士課程を中退して京大の助手となって「構造と力」と「逃走論」を著して、一躍有名になった直後に刊行された本です。「朝日ジャーナル」の編集長が筑紫哲也になった時に、浅田彰が新人類のニュー・アカデミズムの旗手のように取り上げられ「A・Aブーム」のようなものが巻き起こって、それにつられて「逃走論」を読んで、浅田彰の世界観に共鳴して買った本です。「逃走論」は本棚に並べているだけで、長く目を通していませんが、「ヘルメスの音楽」は時折手に取っています。
この「終わらない音楽」という本のタイトルを目にして、頭に思い浮かんだのは、浅田彰の「ヘルメスの音楽」で紹介されているエリック・サティーの「ヴェクサシオン」です。1分程度の曲を840回繰り返す曲で、「ヴェクサシオン」の初演はジョン・ケージが関係していたそうです。10人のピアニストと2人の助っ人が夕方6時から演奏を開始し、翌日の午後0時40分まで演奏をし続けたそうです。もちろん小澤征爾が「終わらない音楽」というタイトルにしたのは、サティーやケージとはまったく関係なく、小澤征爾自身の「生き様」を顕したものだと思います。