躑躅(つつじ)

 狭い庭の片隅にある躑躅が満開です。
 躑躅の花を目にすると泉鏡花の竜潭譚(りゅうたんだん)の一説を思い浮かべます。

 かたも躑躅なり。かたも躑躅なり。山土やまつちのいろもあかく見えたる。あまりうつくしさに恐しくなりて、家路に帰らむと思ふ時、わがゐたる一株ひとかぶの躑躅のなかより、羽音はおとたかく、虫のつと立ちて頬をかすめしが、かなたに飛びて、およそ五、六尺へだてたるところつぶてのありたるそのわきにとどまりぬ。羽をふるふさまも見えたり。手をあげて走りかかれば、ぱつとまた立ちあがりて、おなじ距離五、六尺ばかりのところにとまりたり。そのまま小石を拾ひあげてねらひうちし、石はそれぬ。虫はくるりと一ツまはりて、またもとのやうにぞをる。追ひかくればはやくもまたげぬ。遁ぐるが遠くには去らず、いつもおなじほどのあはひを置きてはキラキラとささやかなるばたきして、鷹揚おうようにそのふたすぢの細きひげ上下うえしたにわづくりておし動かすぞいとにくさげなりける。
躑躅か丘より「竜潭譚」、泉鏡花

 異界・魔界への入り口に見渡す限りのツツジ、そこに羽音をたてる虫が現れ、鎮守の杜、かくれ遊び、あふ魔が時、九ツ谺・・・

講義ノート、平成元年8月3日、国語国文学(担当教員:村松友視)

  慶應義塾大の通信課程の夏期スクーリングの講義ノート、35年前の真夏の授業で、泉鏡花の竜潭譚の見渡す限りのツツジが咲いた金沢の郊外の風景を思い描いて授業を聴いたのが、もう遠い昔になったのだなあ~とノートを見返して感じました。

講義ノート、平成元年8月3日、国語国文学(担当教員:村松友視)

 当時は埼玉県の三郷に住み、夏期スクーリングが横浜・日吉キャンパスだったので、JR武蔵野線の新三郷駅から新松戸駅で千代田線直通のJR常磐線各停に乗り換えて、北千住駅で始発の営団地下鉄・日比谷線の電車に乗って東急・東横線の中目黒駅まで、当時の地下鉄は冷房がなく、窓を開けた電車は轟音がした記憶が残っています。中目黒駅から東横線で日吉駅まで。まだ当時はグリーンラインが乗り入れておらず、半地下の古い駅で、駅から日吉キャンパスまでぐるっと廻っていたような記憶もありますが、曖昧です。

 そんな古い通学の記憶と、当時は冷房もなく、講義室の大きな扇風機の風切音と、開け放たれた窓からのセミの鳴き声と共に、竜潭譚の見渡す限りのツツジが咲いた光景を思い浮かべた夏の一コマが、ツツジの花が咲く光景を目にすると思い出します。過ぎ去った古い夏のシーンの一コマとして・・・

itsumi
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