サムエルの母・ハンナ

先週からの神戸バイブル・ハウスでの勝村弘也先生による「サムエル記の脇役たち」というテーマの聖書セミナーを今月受講することになって、サムエル記を久し振りに読んでいます。手元にある新聖書注解・旧約2に収録されているサムエル記の注解は、東京恩寵教会牧師だった榊原康夫師によるもので、サムエル記第1,第2ともに要所に鉛筆で線が引かれているので、三十数年前に創世記から旧約の通読をしていた時に、榊原先生の注釈に目を通していたようですが、ほとんど記憶に残っていません。ざっと目を通すと列王記第2までは要所に線引きされていましたが、歴代誌の最初の方で線引きの痕跡がなくなっているので、三十数年前の旧約通読は歴代誌冒頭で途絶したようです。
サムエル記上の1章では、冒頭でラマタイム出身でツォフ人のエルカナの家系が書かれています。サムエル記でのエルカナは主人公でも主要人物でもなく、エルカナの配偶者であるハンナがサムエルの母としてサムエルでは名脇役であり、サムエル記上の冒頭部分だけを考えるとハンナと祭司エリが主人公的な感じで、エルカナは1章だけの脇役的存在でしかなく、その後の登場は皆無です。
そのエルカナの配偶者として、2人の妻、ひとりがハンナで、もう一人がペニナン。ヘブライ語ではエルカナは”אלקנה”で「神が所有した」という意味、ハンナは”חנה ”で、「めぐみ、慈悲」という意味、そしてペニナンは”פננה”で「真珠、宝石」というような意味だそうです。そしてペニンナには2人の子がいたが、ハンナには子がなかったことが書かれています。
エルカナは毎年、家族を連れてシロへ行ったようで、シロには神の箱があり神殿があったようで、神の箱とはおそらく日本の神輿のようなもので、それが神殿に祀られている感じではないかというのが勝村先生の話です。これは東京キリスト短期大学専攻科の聴講で、服部嘉明先生も、日本の神輿とのアナロジーを旧約緒論の中で話していたことを思い出しました。セイヤーという神輿の掛け声が主・ヤファエが訛ったものだという説もあったようなこぼれ話も思い出されます。
新共同訳聖書ではエルカナは「万軍の主」を礼拝したことになっていますが、ヘブライ語では”ל:יהוה”(ヤファエ・アドナイ・主) 、”צבאות”(天体、天の軍勢)となって、「ヤファエ・ツェヴァオート」はシロの神である天体(宇宙)の主であり「神々の上に存在するヤファエ」というニュアンスだと勝村先生は私訳として「シロのヤファエ・ツェヴァオートのもとで礼拝」を提示しました。
「いけにえを捧げる」とありますが、当時は家畜を屠るのは特別の時だけで、基本的にユダヤ教の祭りの時だけだったようです。ユダヤ教の祭りとしては過越祭、七週の祭り、仮庵祭がありますが、サムエル記の記述からエルカナの家族だけが祝っているようなので、勝村先生は当時のユダヤ教には日本の法事のような家の祀り・先祖崇拝のようなものがあって、その家の祀りのために家族でシロ行ったのではないかとの説の説明がありました。
犠牲の捧げものの後、屠った肉を、エルカナがペニンナには2人の子どもの分も併せて沢山分け与え、ハンナには一切れ分け与えたようです。ヘブライ語の”אחת”(アㇰハート)は「一つ、一切れ」という意味ですが、おそらく屠った肉を焼いた「一塊の肉」ではないかということです。
主はハンナの胎を閉ざしておられた。
(サムエル上1:5より、新共同訳)
ヘブライ語では”סגר”(サガール)「閉じる」、”רחמ:ה”(ラㇰフマ・ァー)「彼女の胎」となって、「ヤファエが彼女の胎を閉じた」との勝村私訳の後に続いて「彼女の敵(ペニンナ)は、ヤファエが背後で彼女(ハンナ)の胎を閉ざしているのだとして、彼女が癇癪を起すようにと、彼女に”むかつき”までも起こさせようとするのだった」との勝村私訳の説明がありました。
このようなことがシロに行くたびにあったようで、ハンナは泣いて、何も食べようとしなかったと聖書に書かれています。
その後、ある時にハンナが途中で祭司エリの近くで、「もしこのはしためを顧みて、男の子を授けてくださるなら、
その子を一生の間、主にささげる」との誓いを立てて、その結果サムエルが生まれ、その後、サムエル上の2章冒頭のハンナの祈りへとつながります。
サムエル記では、祭司であり士師であるサムエルが主要な主人公のひとりですが、サウルとダビデ、特にダビデがもっとも主要な主人公であり、ハンナは名脇役・バイプレーヤ的な存在で、サムエル記冒頭に家系まで載せて説明があるエルカナは、サムエル記全体では脇役とも呼べない存在ではありますが、でもシロの神・ヤファエ・ツェヴァオートが閉じたハンナの胎を開き、サムエル誕生への道筋を拓いたのはペニンナでありエルカナであるとも言えるなあ~と、勝村先生の本文批評を伴う釈義だけではなくて、物語神学のようなNarrative Theologyの切り口で補い、そして膨らませるような手法は、大変興味深かったです。
バイプレー・脇役というと、なんとなく「添えもの」というようなイメージがまとわりつきますが、少なくともハンナは「添え物」とは言えず、もちろんペニンナもエルカナも、少なくともサムエル上の1章では主役級として登場して、サムエル誕生への道筋を拓いた重要人物とも言えます。