テラフィム

 神戸バイブル・ハウスでの聖書講座「サムエル記の脇役たち」も3回目、2月には毎週、神戸バイブル・ハウスに足を運んでいます。神戸バイブル・ハウスには日本唯一の常設聖書図書館があり、1522年に刊行されたルター訳新約聖書「九月聖書」の復刻版も展示されています。

 「サムエル記の脇役たち」の3回目は、脇役として王女ミカルにスポットを当て、主にサムエル記上18章と19章を中心にした内容でした。サムエル記上18章は、新共同訳では「ダビデに対するサウルの敵意」というタイトルが付加され、NIVでも”Saul’s Growing Fear of David”(ダビデに対して膨れるサウルの怖れ)となっており、どちらかと言えば一方的にサウル王が、ダビデに対して「親しみ・友好」とは反対の「怖れ」や「敵意」を感じるいきさつが書かれています。

 そしてサムエル記上19章は、新共同訳では「ダビデの逃亡」、NIVでは”Saul Tries to Kill David”(ダビデへのサウルの殺意)というタイトルが付加されており、サウル王が殺意を憚らず、それに対して王子のヨナタンがダビデをかばい、そしてダビデの妻となった王女ミカルは、サウルにダビデ殺害を命じられた使者に対して、ダビデを逃がします。

Michal took an image, and laid it in the bed, and put a pillow of goats’ hair for his bolster, and covered it with a cloth.(1Sam19:13,KJV)

ミカルはテラフィムを寝床に置き、その頭に山羊の毛をかぶせ、それを着物で覆った。(1Sam19:13,新共同訳)

ミカルはテラフィムを取って、それを寝床の上に置き、やぎの毛で編んだものを枕のところに置き、それを着物でおおった。(1Sam19:13,新改訳)

 ” ה:תרפים “(teraphim・ハ・ッテラフィーム)は、男性複数形なので「家の守り神たち」となるのが、” אֱלֹהִים “(Eloim・エロヒム)が複数形ですが、“ יהוה “(Yahweh・ヤハウェ)という唯一絶対神・主のことであるのと同じで、勝村先生はテラフィムを単数の「家の守り神」としての偶像との説でした。

 何故、偶像である家の守り神のテラフィムが、ダビデの家にあったのかについて、王女ミカルが寝床に置いているので、ミカルが結婚時に持ってきたものかもしれず、でもサウルはシロの神殿で、ハンナの祈りによって主から授かって、そしてハンナが祭祀エリに委ねているので、サウルが偶像のテラフィムを持っていたとも考えにくいです。

 ただサウルはアマレク人との戦いで、「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切、滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない」という主の命令に背いて、

しかしサウルと兵士は、アガグ、および羊と牛の最上のもの、初子ではない肥えた動物、小羊、その他何でも上等なものは惜しんで滅ぼし尽くさず、つまらない、値打ちのないものだけを滅ぼし尽くした。(1Sam15:9,新共同訳)

主はサウルを、イスラエルの上に王として立てたことを悔いられた。(1Sam15:35,新共同訳)

 神はサウルから離れ、エッサイの子・ダビデがサムエルから油を注がれて、ダビデはその後、ゴリアテを討って有名になり、竪琴の名手としてサウルに仕えることになります。これは音楽療法の一種で、勝村先生によるとサウルは気が病んで音楽療法に頼って竪琴の名手であったダビデを身近に置いたということです。神が背信したサウルを見放し、その結果サウルは気が病んだようで、神に寄り頼んでも、既に神はサウルから離れていたので、サウルは神以外のものに寄り頼もうとしています。

 サウルは主に託宣を求めたが、主は夢によっても、ウリムによっても、預言者によってもお答えにならなかった。 7サウルは家臣に命令した。「口寄せのできる女を探してくれ。その女のところに行って尋ねよう。」家臣は答えた。「エン・ドルに口寄せのできる女がいます。」(1Sam28:6-7,新共同訳)

 神から見放されたサウルが、口寄せを頼り、占い師や偶像に頼った可能性があり、サウルの家に偶像のテラフィムがあって、それを王女ミカルがダビデと結婚する時に、ダビデの家に持込んだのかもしれません。

 また勝村先生は、公の宗教である「主・ヤハウェへの一神教」と、各家の守り神としての宗教は別で、テラフィムが個人の家にあったのは、それほど不自然ではない、という説を話していました。

そのとき、ラバンは羊の毛を刈りに出かけていたので、ラケルは父の家の守り神の像を盗んだ。(Gen.31:19、新共同訳)

家の守り神の像が” ה:תרפים “(teraphim・ハ・ッテラフィーム)・・・テラフィムです。

このミカという男は神殿をもっており、エフォドとテラフィムを造って、息子の一人の手を満たして自分の祭司にしていた。(Judg.17:5、新共同訳)
Now this man Micah had a shrine, and he made an ephod and some household gods and installed one of his sons as his priest.(Judg.17:5、NIV)

 NIVでは”household gods”となっていますが、新共同訳では「テラフィム」です。

 ライシュの地を探り歩いた五人が口を切って、兄弟たちに言った。「この建物の中にエフォドとテラフィム、彫像と鋳像があるのを知っていますか。今、どうすべきか決めてください。」(Judg.18:14、新共同訳)

 士師の時代には、私設の聖所・祭壇のようなものが個人宅にあったようで、そこには、神殿とは別にエフォド(大祭司が着るような祭服、或いは神聖な祭具、神殿とは別の私設の祭具)、テラフィム(偶像・守り神)、彫像(木や石を彫った「刻んだ象」)、鋳像( 鋳造の偶像で、アロンの金の子牛のようなもの)のフルセットが揃っていたようです。士師記18章では、このような家庭の偶像が部族の偶像へとなることが描かれており、家ごとの守り神・テラフィムが、現実には士師の時代から根付いていたようです。

バビロンの王は二つの道の分かれる地点に立ち、そこで占いを行う。彼は矢を振り、テラフィムに問い、肝臓を見る。(Ezekiel 21:26、新共同訳)

テラフィムは空虚なことを語り 占い師は偽りを幻に見、虚偽の夢を語る。(Zechariah 10:2、新共同訳)

テラフィムは、守り神・偶像だけではなくて、占いにも関係したようにも捉えられます。

古代イスラエルの一神教の環境とはコンテクストが大きく異なりますが、日本ではお寺に、その宗派の本尊の仏像があり、宗派としての仏教の教えに基づいた礼典・儀礼が行われていますが、各檀家には、先祖代々の位牌に対して、ご先祖様に手を合わせて、朝晩のお勤めをするようなこととのアナロジーで捉えることは、似て非なることかもしれませんが、当たらずど言えども遠からずのような感じではないかと、勝村先生のセミナーを受けて感じました。












 

 

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